管理人mariyurinopapaのhitorigoto (o^_^o)

木村真由美ピアノ教室ホームページ管理人のたわいもない「ひとり言」です。

2025年06月

 ピティナ・ピアノコンペティション、6月28日に札幌手稲地区、29日に空知地区(岩見沢)、札幌3地区、千歳・恵庭地区、留萌地区が開催、これをもって北日本1地区本選グループと北日本2地区本選グループの地区予選が終了致しました。
 
 この二日間、教室生徒さんも数多く参加しました。予選優秀賞(本選進出)、予選奨励賞、北海道支部賞と、結果はそれぞれでしたが、先ずは参加された皆さま、大変お疲れ様でした。
 
 北日本1地区・2地区を終えて、教室生徒さんとの結果は・・・北日本1地区本選大会にソロ11名と連弾3組、北日本2地区本選大会にソロ11名と連弾3組、東日本グランミューズ5本選に1名が進出することになりました。予選通過・本選進出が叶いました皆さん、誠におめでとうございます!本選までだいたい一ヶ月ほど、中だるみせずに時間を有効に使った練習で頑張りましょうね♪
 
 さて、地元・岩見沢での空知地区予選大会、プログラムで各部の人数足しましたらわかる通りに今年は全部で92組、あともう少しで久しぶりに100の大台に乗るところでした。それでも人数(連弾を2名で計算)にしますと105名となりますからまぁ良かったかなと思ったりして。
 
 ワタクシの記憶が正しければ初めて空知地区予選検定大会を開催したのはたしか1989年、その年、最初から130名くらいの参加だったと思います。ちなみにそのおよそ半分が検定受験者でした。昔話となりますその当時は検定とコンペを合わせた人数からの%で本選進出となっていたようで、ですから空知地区のコンペ参加者の予選通過率は非常に高かったと思います。それから毎年、コンペ半分・検定半分くらいの割合で参加人数も増えて一日では収まらずに二日間で開催、ある年は300人には届かなかったもののたしか280人近くの参加を集ったこともありました。その後、滝川地区が出来て、留萌地区も出来て、少し参加人数は減ったものの毎年200名以上の参加者で二日間ずっと開催されてました。2006年を最後に空知地区大会を立ち上げた人が辞めて、その後は減る一方で200名に達することはなく、100名を切って、いよいよ50名近くまで減ってしまったようですが、2023年より体制(分室=実施チーム)が変わりまして、でも、やり方自体は別に何か大きく変わったワケではないのですが、わかりやすい所で言えば、それまでプログラムが小さなA5仕上がり(A4二つ折り)のPCプリンター印刷かコピー機印刷の黒一色の物だったのが、その年からはB5仕上がり(B4二つ折り)のカラープリントに変わり(^o^)、そして昨年・今年とA4仕上がり(A3二つ折り)の両面カラーでPCプリンター印刷でもなくコピー機印刷でもなく印刷工場でプリントした物にグレードアップ。とても見やすいプログラムになったと思います・・・見てすぐわかる変革はそんなところでしょうか?(*^^*)ァハ
 
 もしかしたら今年はたまたま増えただけで来年はわかりませんが・・・岩見沢市内、子どもの数が凄く減っているので、ジュニアピアニストフェスティバル in 岩見沢で盛り上がったあの時代のようにはならないと思いますけど、ピティナ・ピアノコンペティションと毎日こどもピアノコンクールだけではなく近年はブルグミュラーコンクール、ショパン国際ピアノコンクール in ASIAも開催されるようになって(コロナ禍前の一時期は日本クラシック音楽コンクールも開催されてたけど)、この街、北海道教育大学岩見沢校もあるし、音楽が盛んな街として盛り上がってほしいなぁ~といつも心の中で祈ってます♪ mariyurinopapa
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 ピティナ・ピアノコンペティション、一昨は札幌1地区と道央地区(旭川)、昨日は札幌2地区、江別地区で開催されました。教室生徒さんこの二日間(特に昨日)、数多く参加、結果はやはり気持ち的には色々、嬉しい結果、悔しい結果、だいたい半々と言ったところでしょうか。
 
 昨日で教室生徒さんにとっての地区予選はおおよそ半分終わり、前半戦終了という感じです。ここまでの予選通過者・・・北日本1本選進出者はソロ5名と連弾1組、北日本2本選進出者はソロ8名と連弾1組となりました。先ずは本選進出、おめでとうございます♪
 
 次は6月28日の札幌手稲地区、29日の空知地区(岩見沢)、札幌3地区、千歳・恵庭地区、留萌地区となります。参加する皆さんはとにかく体調管理をしっかりと、本番で悔いなく自分にとってベストの演奏ができるように日々の練習は気持ちを集中させて取り組んで欲しいと思います。

 ところで地区予選会場、それぞれ色々ですが北海道の場合は、ふきのとうホールなど一部を除いてだいたいは自治体の施設(ホール)を利用してますが、個人的には江別市民文化ホール(えぽあホール)が受付・楽屋・舞台袖など、導線的には最も良いホールだと思ってます。勿論、地元・岩見沢市文化センターは最も慣れてますし、愛着はありますが、使いやすさはまた別で(笑)。えぽあホールの場合、まず受付ですがテーブルが固定で常時設置されてますけど、他のホールはだいたい自分たちでテーブルを動かしたり、または運んだりという形です。キタラもレセプショニストがチケットもぎりで使うのは固定されてますが、ドアの辺りで参加者受付をする場合は自分たちテーブル設置します、まぁ、そんな手間ではないですけど。それと、えぽあホールは舞台袖が広く、参加者が舞台袖待機席に入るのにステージの後ろ側から入る形となってます。たとえば岩見沢の中ホールや札幌サンプラザホール、旭川の大雪クリスタルホールなどはステージの前側方面の通路から入るので次に待機してる演奏者とぶつからないけどぶつかるような、またはすれ違うような、一番混み合う時は次の演奏者がいて、待機席に向かうひとが来て、先ほど演奏を終えたひとが荷物をもって出ようとして、特に連弾初級とかになりますとそれぞれ演奏するお子さん二人と付き添いのお母さま二人とかになりますから舞台袖のステージ出入り口近くは混雑する場合がありますよね。また、そこは客席に近いところでもありますから混雑したときの話し声も要注意となります。でも、えぽあホールはそこに人が固まることはないので誘導係のひとも比較的スムーズにやりやすいかと。ピティナ・コンペはやってませんが小樽市民センター・マリンホールも舞台袖の参加者待機席には同じく後側から入るのでステージ出入り口あたりが混雑することはそうないような気がします。
 
 えぽあホール、受付、舞台袖通路、楽屋、客席ドア(後方)そしてお手洗いは受付と反対側の奥のほうと、それぞれ離れているので(満席になるほどお客さんが入るイベントは別として)人も分散しますよね。ちなみに岩見沢まなみーる中ホールは、お手洗いに行くにも受付を出て行くような感じになるのでそれがまた厄介という言うか、場合によってはお手洗いにいくだけでもチケット半券確認をすることになったり。まぁ、えぽあホールの厄介を探すとするならば客席後方のドア、ちゃんと閉めないと開けっ放しなることでしょう。それは札幌サンプラザホールの舞台袖に向かう通路のドアもそうですよね、ちゃんと閉めないと開けっ放し、その向こう側が少し狭いホワイエ(ロビー?)、舞台袖まで話し声が届いてしまうという危険あり。
 
 ちなみに札幌六花亭ふきのとうホール、とても素敵なホールでワタクシも好きなホールなのですが、子どもたちが多く集まるイベントに関してはなかなか大変。先ずはあの階段、のぼって舞台袖に入りますと段差あり、そして真っ黒い大きな物体、それはカバーのかかったベーゼンドルファー、高級品なのでちょっと気を使う。そして舞台袖の狭さ、やはり狭いが故、油断すると話し声が客席に届くという危険あり。
 
 各施設(ホール)、本当に色々ですがピアノに関しては何ともかんとも。キタラやまなみーる大ホールのように温度・湿度を一定にした保管庫のあるホールはそう多くはありませんから。特に昔は北海道は梅雨はないといわれましたが、今は違って、蝦夷梅雨ってやつですか?なのでなかなかこの時期はピアノのコンディションも難しいのかな?と思ったり。まぁ、技術的なこともあるかもしれませんが((;'∀')。岩見沢の中ホールもこれまで色々言われてましたが(T_T)、今春よりちょっとシステム?が変わって、家族で楽しむピアノコンサートの時は以前よりも音が良くなったみたいです・・・ホールスタッフや出演された先生方の感想、まぁリハーサル聴いてワタクシもそう思いましたが。6/29のピティナ空知地区予選、少しでも参加者が気持ちよく演奏できますようによろしくお願い致します・・・って、誰に頼んでいるんだ?! mariyurinopapa
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 暑くなってきましたね・・・まぁ時節柄、そうなりますよね。真由美先生、昨日はピティナ・ピアノステップのアドバイザーの仕事で横浜に出張、今朝の飛行機で帰ってきました。麻里江先生も友梨香先生も通常レッスン以外にもピアノの仕事が入ってきて、我が家はみんな忙しくなってきてます・・・まぁ時節柄、そうなりますよね。
 
 只今はあれやこれやの仕事と並行しながら先月25日開催されました永岡真佐子先生・永岡涼子先生のピアノ・マリンバ教室発表会のビデオ制作も毎日行っております。編集するにあたってずっとパソコンもディスプレイを見てますともうホント、眼がしんどくなるし、同じ態勢で固まってるような感じでやってますので肩コリ首コリ、あっちゃこっちゃコリコリです。
 
 ビデオ編集するときはデスクトップパソコンに3台のディスプレイ(1台はメインの編集用、もう1台はマルチカメラ編集用、もう1台はフォルダやテキストなど)を使って作業してます。基本的にはデスクトップパソコンにディスプレイ3台、ノートパソコンは本体のディスプレイともう1台つなげて2台で画面を見れるようにしてますが、ノートパソコン本体以外の4台のディスプレイのうちの2台に切り替え器をつけて、デスクトップパソコンは最大4台の画面(この使用の時はノートは本体のみの画面)、ノートパソコンは最大3台(この使用の時はデスクトップは2台の画面)で作業できるようにしてます。
 
 それで、この春にデスクトップPCとノートPCの場所を変えてみたのですが、したっけ、ノートPCの後ろに1台ディスプレイを置いているのですが微妙に高さが気に入らない感じで。それで最初、適当に板を挟んで高くしてみたのですが何かしっくりこなくて。どうしたもんじゃろうか?と考えていたら、ふと昔作った足台(補助台)のことを思い出しまして。元々は友梨香先生(当時「ゆりさん」と呼ばれていた頃、笑)のために作ったのですが、彼女が使わなくなった後は一部生徒さんが使ったりしたこともあり、そして今は他にも生徒さんたちが使わなくなった補助台・補助ペダルもあるので、ワタクシ自作の足台が使われてないみたいでしたので、そもそもの用途とは違いますがディスプレイの台として使うことにしてみました。したらちょうど良い感じの高さになりましたね。
 
 一般的な4段ラック式の足台は一番低くして12,5cm、ペダル付きのM-60は13cm(ちなみにこの高さではペダルはまともに使えなく台が浮いてしまうという欠点あり)、ワタクシの作った足台は一番低い状態で4,5cmと、当時としては販売されていたそれらとは段違いに低くなりました。ちなみに自作の補助ペダル(愛称:ペダルヘルパー)は、当時、Yahoo!やGoogleで「ピアノ補助ペダル」と検索したら何でか?一番最初に出てきたりしてました(;^_^A
 
 現在は、ピアノ用補助ペダルも足台(補助台)も色々とありますが、当時は殆ど種類がなくM-60なんかは時折ちゃんとセッティングされなく踏むたびにカチャカチャ音がしたり、ペダルがきいてなかったりという事故もあり、なので麻里江先生がちっちゃった頃はM-60は使わせず半ば立っているような感じで演奏させてましたね。友梨香先生はもっとちっちゃかったのでどうしても補助ペダルが必要となり、それで自作改良型補助ペダル「ペダルヘルパー」を作ることになったんですよね。ホント、色々と研究して(笑)、たくさん試作してみました。
 
 娘のために作ったものが教室生徒さんも使うようになり、それから札幌コンセルヴァトワールや他教室の生徒さんからも頼まれて作るようになり・・・今では懐かしい思い出です。
 
 三年前にもhitorigotoで補助ペダルのこと(ピティナ全国大会ジュニアG級金賞受賞者の話題で取り上げられたことなど)をお話ししたことがありますが、その日のhitorigotoを貼っておきますので、読んでない方がいらっしゃいましたらどうぞお読みになっておくんなさい♪ mariyurinopapa
 
 
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◆2022年07月14日「ペダルヘルパー、思い出の一コマ♪」

 先月、あれやこれやと忙しくて書けなかった管理人の「ひとり言」・・・6月11日に札幌コンサートホールKitara大ホールにて「小林愛実ピアノ・リサイタル」が開催、ワタクシは残念ながら時間が取れなく行けませんでしたが、真由美先生はお母様よりご連絡を頂いていたので麻里江先生と一緒に聴きに行って来ました。会場のKitaraホール、完売御礼で満席だったそうで。さすがに凄い♪
 
 小林愛実さんは、友梨香さんとは3学年が違いますが、2015年や2021年にワルシャワで行われましたショパン国際ピアノコンクールの時もそうだったように苗字がKなので同じコンクールになりますと順番が近くなります。ちなみに友梨香さんの場合は、彼女の演奏前に韓国人のキムさんが数人続くことも多いですが(笑)。

 小林さんと最初に一緒になったのは、2002年のピティナ・ピアノコンペティションC級で出場した全国大会で、当時、友梨香さんは小学4年で愛実さんは小学1年のときですね。その時は二人とも残念ながらベスト20賞でした。二人とも身体が小さいことから補助ペダルのことでは試行錯誤、愛実さんはたしかM-60を使用、友梨香さんはワタクシの改良型自作補助ペダル(愛称:ペダルヘルパー)を使用してました。真由美先生と友梨香さんのことは、関東在住の別のKさんよりお聞きしていたらしく表彰式後の懇親会で声をかけられたそうです。そしてその翌年、2003年もピティナD級の全国大会で一緒、その時もまた二人とも残念ながらベスト15賞でした。
 
 それから数か月経ったある日、小林さんのお母様より電話だったかメールだったかが来まして、色々と補助ペダルを試したけど納得行くものがなかったので、友梨香ちゃんと同じ補助ペダルを作っていただけないでしょうか?といった内容でした。当時、ペダルヘルパーは教室生徒か師事していた宮澤先生ご夫妻の生徒さんなど近い方に頼まれた場合のみ作製してましたが、それ以外の方々は作製方法のみお伝えするなどの形をしておりました。しかしながら真由美先生に頼まれて作製することに・・・でも、作製を引き受けるにあたって条件を一つ、ワタクシが作製したことは他の方々に言わないこと。

 ペダル作製のご連絡頂いたのは冬、ペダルは木製で手作り、塗料も使いますので家の中での作業は一部、多くは寒い車庫の中。冬だと木材を切るにも手は寒く、塗料も乾くのが遅い。ましてや当時は普通にサラリーマンでしたから平日の夜、または休日に作製する形でした。なので多く作製を依頼されても対応できませんので・・・。ちなみに当時は補助ペダルだけではなく、それに合わせて足台(補助台)まで自分で作ってました。

 ペダルヘルパーをご存じない方はこちらを ⇒https://kimura-piano.net/pedalhlper.html
 
 当時の補助ペダル事情といいますと、M-60ばかりで今でいうアシストペダルは高低の調整ができない延長専門、フィットペダルというのもありましたが高さが決まっていて自由に調整できないもの。ちなみにM-60はセッティングがきちんとできてなくペダルが踏んでも効かなかったりカチャカチャ音がしたりという事故も時折ありました。なので、麻里江先生が子どもの頃は、一切、補助ペダル(M-60)は使わせませんでした。彼女が小学1年の時にショパンのノクターン遺作を演奏したときは、椅子には座ってるような状態でなくほぼ立って演奏しているような形でしたね。
 
 話し戻しまして、小林さんとペダルヘルパーのこと・・・その年の夏、彼女はピティナ・ピアノコンペティションJr.G級で金賞を受賞、その後に発行されました「結果特集号」、審査員長のH先生の講評の中に「(前文省略)審査の結果はこの驚嘆のレベルで弾き切った小3の小林愛実さんが2位を大きく引き離しての堂々の金賞受賞となった。愛実さんの演奏はその年齢の幼さを感じさせない見事なものであった。本人持参の複雑な補助ペダルの設置が終わるまで、私達審査員は正直なところこの小さなピアニストの突然の登場にいささか惑いを覚えていた。しかし愛実さんが高い椅子によじ登り、小さな体の全身から編み出す音を耳にした時、身を乗り出さずにはいられなかった。巧妙に使い分けた新式の補助ペダル・・・おそらくこの改良型の補助グッズがなければ、彼女の演奏は成立しないだろう。ピティナ・ピアノコンペティションが思わぬ所でこうした発明を促していることを垣間見た思いがした・・・(以下省略)」と書かれてました。次のページ、愛実さんのコメントと演奏中の写真、その写真にはペダルヘルパーが写っておりました。うん、ペダルヘルパーも評価して頂いたみたいでなんだかうれしかった♪
 
 今は補助ペダルや足台、種類も多く色々と出てるみたいで、ペダルヘルパーの出番はかなり少ないですが、娘の成長と共に良い思い出になりました。友梨香さんがペダルヘルパーを使用しなくなった当時の「ひとり言」を久しぶりに読んでみたら、ちょっぴり(T_T)ウルッとしそうになりました(笑)。
 
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◆2005年3月14日(月)「卒業・・・演奏会。そして宝物。」
 
 一昨日のKitaraでの札幌コンセルヴァトワールの入賞記念演奏会、お話し致しました通りにYurikaは、独奏では初めてペダルヘルパーを使わずに演奏致しました。彼女もいよいよ小学校を卒業、春からは中学生です。そして補助ペダルからも卒業です。或る意味、先日のKitaraのステージが、卒業試験だったのかもしれません。

 ペダルヘルパーは、これまでに何度もHitorigotoで話題にしてきましたが・・・最初の頃、真由美先生と相談しながら何度も何度も改良を重ねて(特にYurikaが大きなステージに出る度に)、そして今の形になりました。ちなみにペダルヘルパーと名付けたのは、真由美先生です。とにかく身体の小さなYurikaですから、小学校いっぱいまで使用する可能性があるので、高さ調節が出来て長く使えるようにと試行錯誤しました。初めてステージで使用したのは、2000年11月、ドイツのベルリン・フィルハーモニーのコンサートホールでのステージでした。ワタクシは、同行出来ませんでしたが、ビデオで見てとても感激致しました。当HPのフォトコーナーの写真を見て頂いてもわかるように他の子供達と比べてとても小さい身体ですが、堂々の演奏で大拍手を頂きました。そして、翌年春の東京でのピティナ受賞者コンサートに向けて少し改良して作り直して、その夏の毎日こどもコンクールに向けてまた少し改良して作り直して、そして11月に開催されましたKitaraでのリサイタルの時に始めて今のネジ棒で無段階に高さ調節する形にしました。それからもちょっとずつ改良しながら使用・・・昨年春のパリとサンクトペテルブルグの演奏の前に大きな改良をして、Yurika専用のは、小型化した物に致しました。Yurikaの演奏経験がペダルヘルパーを作製・改良するのに最も重要だった事は言うまでもありません。彼女の演奏に耐えうる物だからこそ、そして熱心なピアノ指導者である真由美先生のチェック・アドバイスもあって作られた物だからこそ、他の子が使用しても安心で使いやすいワケです。

 実はYurikaは、最初の頃、自分だけ他の子供達と違う補助ペダルなのでちょっと恥ずかしかったようです。それを知った時、ワタクシ、ちょっと悲しかった。Yurikaの事を想い、一生懸命考えて、彼女の夢が叶うように願いと祈りを込めて作ってましたから・・・。でもその後、真由美先生の門下生も使うようになって、そして、お世話になっている札幌コンセルヴァトワールやヤマハ岩見沢センターに数本作って差し上げてから、そこの生徒さんでも使用するようになり、その操作性の良さから一部の人達から「ゆりかちゃんの魔法のペダル」とか言われるようになりました。本人もすっかり嬉しくなり、そしてかけがえのない物になりました。もともとYurikaの為に作った物ですが、気持ちを込めて作って来たせいか?他の子でもペダルヘルパーを使っているのを見ているとドキドキしますし、心の中で「ガンバレー!」って応援したくなります♪

 ワタクシは、ベルリンやパリやサンクトペテルブルグには勿論の事、東京にも福岡にも行ってません。残念ながら北海道以外のステージでの演奏を見に行った事がありません。でも、一緒に行かなくてもYurikaには「ペダルヘルパーにはパパの気持ちを込めてあるから、いつでも傍にいると思ってネ」と言ってきました。ですから・・・Yurikaがペダルヘルパーを使わなくなるのは、物凄く嬉しい反面、何となく寂しい気も致します。Yurikaも同じ気持ちのようです。でもYurikaは使わなくなっても、真由美先生の門下生を始め、多分これからもペダルヘルパーを頼りにする親子がきっといると思います・・・その子供達のステージでの演奏を見るたびに、ワタクシ達家族の苦労を思い出し、そしてあのベルリンのステージやKitaraでのリサイタルとかの記憶が懐かしく蘇ってくるかもしれません。真由美先生もきっと同じだと思います・・・札幌でのレッスンは勿論の事、東京、福岡、ヨーロッパ、Yurikaのステージがある度にペダルヘルパーや補助台を持ち歩きセッティングした事は、結構大変な事だったと思いますが、その苦労が懐かしく感じることでしょう。

 先日の入賞記念演奏会の前日の夜、Yurikaに「ゆりちゃんは、もうペダルヘルパーを使わなくなったけど・・・パパは、一生大切にとっておくから。パパがおじいさんになっても・・・。ゆりちゃんのペダルへルパーは、パパの宝物だから・・・」と言いました。Yurikaは「私にとっても一生の宝物だよ」と言ってくれました。  mariyurinopapa
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 ほんの数日前、weathernewsで見た6/8の苫小牧の天気予報はほぼ一日50%雨だったはずがその後、雨でなく曇りの予報に変わったそうで、そして当日は晴れましたね。先日の岩見沢ステップの時の天気予報も似たような感じでしたが、この頃の天気はなんかそんな感じが多いような。まぁ雨の予想が良い天気になることは良いこっちゃですから問題はありませんが(*^▽^*)
 
 さて、ピティナ・ピアノコンペティション地区予選、既に一部地区では開催・終了しておりますが、当教室生徒さんたちは昨日の苫小牧地区予選がスタートとなりました。結果、嬉しい予選優秀賞(予選通過)の生徒さんもおりましたが惜しくもあと一歩届かず予選奨励賞となった生徒さんもおりました。次の土日曜日は地区予選はなく二週間後となります。教室生徒さんはこれから、21日・22日と28日・29日での参加が多くなりますから、この二週間または三週間、本番でベストの演奏ができるように日々の練習は大変でしょうけど、頑張ってくださいね。
 
 さてさて、苫小牧地区予選と言えば、今まで苫小牧市文化会館でずっと開催されてましたがここでの開催は今年で最後となるようです。苫小牧市民の方々は勿論ご存じのことと思いますが、2026年3月、苫小牧市に新しいホール「苫小牧市民文化ホール」が誕生します。詳細はまだわからないところもありますが、そちらのホームページ https://www.tomakomai-hall.jp/ を見ますとキタラやまなみーると同じように2つのホール、大規模なホール(1,200席)と中規模なホール(400席)が出来るようですね。
 
 苫小牧市文化会館も素敵なホールで、麻里江先生も高校生の時に一度こちらで予選参加した思い出あるホールなのですが、如何せん古いということもありますし、やはり新しいホールの誕生はきっと苫小牧市民の多くの皆さんにとって嬉しいことでしょうし、楽しみにしていることでしょう・・・でもまぁ、新しくなりますと使用料や色々と高くなると思いますので、状況によっては利用が難しくなる団体さんもあるかもしれませんが(;^_^A。個人的には、来年のピティナ苫小牧地区予選は真新しいホールで開催されると良いなぁ~と思っておりますが(*^^*) mariyurinopapa
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 もう三日前のこととなりましたが・・・ミスタープロ野球こと読売巨人軍の長嶋茂雄終身名誉監督が亡くなられました。なんかちょっと驚いたと言うか、ドラマチックな人と言うかね、ネットでも少し話題になってたようですが、亡くなられたのが6月3日ということで「3」ですよ、長嶋さんの背番号3(永久欠番)と同じ数字。そして89歳とのことですが、語呂合わせで言いますと8(や)9(きゅう)⇒やきゅう(野球)ですと。そしてその日、アメリカではドジャースの大谷選手が23号ホームランを打ったのですが、その映像を見たときにちょっと「えっ?!」と思ったのがいつもの確信歩きではなく何度か頷いてから一塁ベースに向かっていったんですよね。なんか長嶋さんもよく頷くひとでしたから「えっ?!まさか?!」と瞬間的に思ってしまいました。ネットでは大谷選手が長嶋さんに捧げたホームランなんて言ってる人たちもいたみたいですね。

 子どもの頃、最初は野球はあまり好きではなかったのですよね。なんかスポーツとしてよくわかってなかったし、シーズン中は夜の良い時間にテレビも父親が野球中継みたりしてアニメとか見れなくなるし。でも、親戚の家に遊びに行ったときに大人たちみんなして長嶋選手の引退試合を観てて、自分も何となくこの試合は見たほうが良いみたいだと思って見たのですが、試合を終えてあのスピーチ「我が巨人軍は永遠に不滅です」も聞いて、なんだかカッコイイと思ったんですね。それから野球に興味を持つようになったのですが、翌年、長嶋さんが監督(背番号90番)に就任した一年目、優勝どころか巨人軍史上初の最下位、13年連続本塁打王でした王貞治選手は阪神の田淵選手にタイトルを取られて、投手陣も10勝投手ゼロ、これまた巨人軍史上初の助っ人選手となりましたジョンソン選手は三振の山、巨人軍はとにかく散々な成績・結果でシーズンを終えることに。それでもワタクシは巨人が好きで、大人になったら巨人に入団することを夢みてました。
 
 その翌年、張本勲選手(日本ハム・ファイターズ)が高橋一三投手と富田勝選手との1対2のトレードで入団、そして加藤初投手(西鉄ライオンズ⇒太平洋クラブ・ライオンズ)もトレードで入団。ちなみに鉄仮面と言われた加藤初投手のファンになりまして、彼が青いグローブを使っていたので大きい兄ちゃんがアルバイトしたお金でワタクシに青いグローブを買ってくれました。すっごい嬉しかったな。ちなみにジョンソン選手はサードから元々の定位置のセカンドを守るようになってから打撃も好調となり、そしてレフトを守っていた高田繁外野手がサードにコンバートして大活躍。長嶋監督の読売ジャイアンツは前年のリーグ最下位からリーグ優勝を果たしました。
 
 ワタクシの少年時代、野球は間違いなく人気スポーツでみんな野球帽をかぶって学校に行ったり遊んだりしてました。あの時代、ワタクシが野球大好き少年となったそのきっかけが長嶋選手の引退試合だったと記憶しています。なので、やっぱりワタクシも長嶋茂雄さんには「ありがとうございました!」の言葉を選びます。
 
 さて、ピティナ・ピアノコンペティション地区予選、既に一部の地区で開催・終了しておりますが、教室生徒さんにとってはこれから、いよいよ明後日の苫小牧地区予選から始まります!先ずは練習は勿論のこと体調管理を確りと、ベストな状態でステージに臨んでくださいね♪ mariyurinopapa

 岩見沢、数日前の天気予報では雨でしたが予報は変わりとても良い天気となりました水無月の始まり、まなみーる岩見沢市文化センター中ホールにてピティナ・ピアノステップ岩見沢地区(主催:一般社団法人全日本ピアノ指導者協会、後援:文部科学省、実施事務局:ピティナ岩見沢メープルステーション)が初めて開催されました。
 
 ワタクシは朝一番、重要な仕事のため江別に行かなければならなく準備・開場には間に合いませんでしたが、会場設営のための事前準備はちゃんとやってスタッフの皆さんに託しましたので心配いらず・・・いや、ちょっとだけ心配してました(笑)。江別での用事を済ませた後はまた高速道路で岩見沢へ。先ずはインター降りてすぐの「コープさっぽろ」へ注文していたスタッフ用の昼食弁当を取りにいってから会場へ。10時頃になりましたが、既に開場&受付開始、問題なくステップの業務はスタートしておりました。取り急ぎ、主催者記録用のビデオカメラを設置してから持ち場の受付へ。初開催ということでピティナ北海道支部の石川支部長と伊原事務長、東京から本部スタッフの栗原さんがお手伝いに来てくださいました。ステップは初開催で他とは違う少々特殊な内容の作業でしたが、それでもこれまで色々な音楽イベントを主催・運営をしてきた経験が役立ち、比較的スムーズに進行できたと思います。
 
 演奏開始は10:15で7部構成、今回のアドバイザーは國谷聖香先生(北海道)・小久保素子先生(栃木県)・鈴木弘尚先生(埼玉県)の3名の先生方。途中で4度、講評・継続表彰・写真撮影を行い、また3部の後にアドバイザーの鈴木弘尚先生のトークコンサートも入れさせて頂きまして、(撤収を除き)終了は19:50となかなかの時間となりました。
 
 ワタクシは前述の通りに受付業務でしたので出演者(参加者)の皆さんの演奏を聴くことはできませんでしたが、受付にて出演者の顔を見ますと多くはコンペのような緊張感はなく楽しく参加しているように感じました。
 
 さて、初開催終えて、真由美先生の感想です・・・
 
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 昨日、岩見沢で初開催のピティナ岩見沢ステップが無事に終了いたしました。昨年、私が代表、酒井由美子先生が副代表となり立ち上げた岩見沢メープルステーションの初のステップです。昨日はお天気にも恵まれ、とても清々しい気候の中、無事に終えることができました。

 昨日までの1週間は、開催に向けて札幌春季地区ステップをスタッフで視察に行き流れや作業をお勉強、直前には動線も含めてスタッフ全員で再度自分の持ち場の確認と全体の流れなどをシュミレーションし当日を迎えました。

 初開催にも関わらずたくさん方にお申し込みをいただき、長時間にわたるタイトなスケジュールでしたが、アドバイザーの先生方にはたくさんの温かいコメントを書いていただき、とてもありがたかったです。

 そして今回は娘たちの師匠であります鈴木弘尚先生にいらしていただき、念願のトークコンサートを開催いたしました。久しぶりにお聴きする先生の音色と圧巻の演奏にはとても感動し、素敵な時間を過ごすことができました。

 アドバイザーの小久保素子先生、鈴木弘尚先生、國谷聖香先生ありがとうございました。

 今回は教室からもたくさんの方が初めてのステップを受け、普段の教本からの曲で受けたり、またコンペ受験者は緊張の練習で受けていて、とても良い機会になったと思っております。

 このステップをコンクール受験者以外にも色々な参加ができますので、もっと広めていきたいと思います。さらにみなさんと一緒に音楽でこの岩見沢を盛り上げていけたらと思っています。
 
 初ステップ開催に向けてお世話になりました全ての皆様に感謝したいと思います。ありがとうございました。
 
 さて、来週からはピティナ予選が始まります。もうすでに始まっている地域もありますが、教室からは来週がいよいよスタートです。気持ちを引き締めて、頑張っていきましょう!!

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・・・とのことです。

 余談となりますが・・・岩見沢メープルステーション設立とステップ岩見沢地区初開催のお祝いに当ステーションオリジナルの立て看板(ポスター)を作成、真由美先生にプレゼントしました。ステップ出演者の写真撮影のスポットになれば良いなぁ~と思いましてネ。出演者の皆さんには結構評判が良かったように思います・・・多分、きっと。いや、写真、結構撮ってくれてたから絶対!(;>ω<)/
 
 また当ステーション独自のロゴマーク?みたいのも作成しまして、そのデザインも立て看板とスタッフ証にも入れて使いました。緑・黄・赤の3枚のカエデとピアノのイラストにグラデーションかけて円になるようにPTNA Iwamizawa Maple Stationと文字入れ。この立て看板とスタッフ証には本部の栗原さんもかなり感激してくれたようで、ワタクシも心の中で静かに「ヨッシャ、やったぜ!」と小さくガッツポーズ!(*^^*)ァハ mariyurinopapa
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